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3月27日(日)

どーも、いろいろバタバタしていることがあって落ち着かない。
サイトにゆっくり書きたいこともあるし、メールのお返事も溜まってる。
余裕がない生活ってのはやだね〜〜。

でも、「余裕がない」と「充実してる」は同じことのような気もするので
なんとか時間のやりくりをして楽しくやっていきたいところ。
もう3月も終わりだしね、4月なんだから心機一転。
野良だからっていつまでもくすぶってはいられない。

今日は午前中少し時間があったのでパソコンに向かっていたんだけど
裏葉月の旧コンテンツを一部復活させようかと思っていて
各ページを見ながらいろいろ考えていた。

とりあえず復活させようと思っているのはお尻レポート。
それからお道具マニアの部屋。
この2つは情報共有のページだしエロとは関係ない部分なので
復活させやすい。

と思っていたんだけど、読み返してみるとそうでもなかった。
リュウさんに関する記述が結構ある。
「ご主人様〜♪」っていう部分をそのまま残していいんだろうかって
ちょっと考えてしまった。

リライトして事務的な解説文に書き替えようとも思ったんだけど
それもしたくないような気がする。
だってリュウさんを大好きだった気持ちは当時の本当の気持ちだし
お別れしたからその部分を削除するっていうことは
なんだか自分を偽っているような気がするからだ。

リュウさんとお付き合いを始めたばかりの頃、
葉月はまだその前にお付き合いしていた「大阪のご主人様」っていう人のことを
忘れられずにいて
リュウさんにはずいぶん淋しい思いをさせてしまった。

でも、その時リュウさんが葉月に言ってくれたことは
「大阪の人のことを無理に忘れる必要はない」ってこと。
もし自分がこれから先、葉月と別れることになったとしても
人生の一部を共有できた人間として忘れて欲しくないからだ、って
そういう風に言われた。

確かにそうだと思ったし、その言葉に葉月は救われた。
一生懸命好きだったことは本当だし、そのお陰で今の葉月がある。
それはリュウさんに対しても同じ気持ちだ。
感謝の気持ちは一生忘れないつもりだし、リュウさんがいたから今の葉月がいる。

リュウさんとお別れすることになった時、とにかくすべてを一からやり直したくて
裏葉月のすべてのコンテンツを削除したけれど、
気持ちが少し落ち着いてきて、
今までのことも葉月の軌跡として残しておいていいんじゃないかって
思えるようになった。

ただ、新しいパートナーさんを探している身だし、
リュウさんとのラブラブの過去を進行形のように見える形では
残しちゃいけないような気もする。
その辺のところが悩みどころ。

まぁ、どういう形になるかはわからないけれど
お尻レポートは未完成でもあったし、
完結させて近々復活させるつもりだ。
それとお道具の部屋は葉月のライフワークでもあるので(笑)
更新したいネタも溜まってるし、そのうち復活させるかも。

それから、公認遊戯。
愛人さんとはお付き合いが続いてるわけで、これも本当は復活させたいんだけど
もう「公認」もなにもないのでタイトルを変えなくちゃって思ってる。
でもこれもね〜、パートナーさん募集中の身だからね。
葉月よりも愛人さんの方が気を遣ってくれている。

一旦すべてを削除したんだから、ゼロから始めればいいとも思う。
でも、今までの裏葉月は葉月の人生の記録であって履歴書であって、
隠すことでも恥じることでもないとも思っている。

それに、今日ちょっと以前のコンテンツを読み返してみたんだけどね、
やっぱおもしろいんだわ、裏葉月。
自分で言うのもなんだけど。(笑)
パートナー候補のみなさんの中にも、
野良になってから葉月を知ったので裏葉月の内容は全然知らないっていう人もいてね。
そういう人にも見てもらいたいな〜って思うんだよね。

過去のことにすがりついてるつもりはない。
これからも楽しいことはたくさんあると思うけど
今までのことは今までのこととして、大切なものだから
ちゃんと保存しておきたいと思うんだ。

ということで、じっくり作業する時間がないので
ちょこちょこやっていくつもりです。
こういう風に考えるようになったのも、ちょっと元気になってきたからかな、
なんて、自分の変化を喜んでいるところです。

 

3月23日(水)

先日職場で「セクハラ研修」なるものがあった。
名称だけはちょっとワクワクする研修だけど、
この忙しいのに研修なんぞに時間を取られるのはちょっと迷惑。
でも全員必参加ということなので仕方なく受講した。

内容は、いたって簡単。
「セクハラを受けたら1人で悩んでないで上司やその手の相談機関に相談しましょう」
ってことだ。
今さら何なんだよ〜〜って感じ。

でもね、受けながら笑ってしまったよ。
先生のお話の後に例題が出されるんだけど、例えば
取引先の担当者に、「いつも世話になっているので食事をご馳走したい。
○○ホテルのフレンチのディナーを予約したので来て欲しい」と誘われたら
あなたならどうする?

みたいな感じ。
それについて参加者全員で話し合う。

「行く」という人と「丁重に断る」という意見が半々くらいに分かれた。
葉月はもちろん「行く」の方。
「行かない」と言った人の意見は、「ホテルってところが危ない」とか
「必要以上のことをされると後々の仕事がしづらい」とかいろいろ。

で、その話し合いが終わると次の例題。
フレンチ料理をご馳走になった後、ラウンジで少しお酒を飲んだ時、
担当者の人が「実は君のことが前から好きだったんだ。部屋を取ってあるから行かないか?」
と迫られた。慌てて振り切って帰ってきたが、その後どうすればいいか?

だって。

おぃおぃ、安っぽい昼ドラ見てるんじゃないんだよ。
誰だよ、こういう例題を考えるのは!(笑)
で、このことについてまた全員で考えるわけだ。

「仕事の担当を替えてもらう」とか、「上司に言って話をしてもらう」とか
そんな意見が出された。
まぁ、その研修の意図としてはそこで1人で思い悩んで
会社を辞めるようなことはするなよ、誰かに相談しろよってことなんだけどね。

研修の意図はわかるので、この研修によって救われた人もいるのかも知れないけど
これは独身の若い子向けの研修だよな〜って思った。
だって葉月はもう7年か8年この仕事をしてるけど、
こんな場面に遭遇したことがない。
食事に誘ってもらったことはあるけど、
子供がいるから夜は外出できないのでって涙を飲んで辞退した。
それだってホテルのフレンチの高級ディナーじゃなかったぞ。

ホテルの部屋を取ってあるって?
おー、望むところよ♪
相手にもよるけど、葉月は今欲求不満だからな。
行っちゃうかも知れない。(わはは)
それに、行かないにしても誘ってもらえたってだけで嬉しいじゃないのよ〜。
リュウさんに「その気になれない」って言われたことは
未だに葉月のコンプレックスになってるわけだしね。
エロ度★2つと言われている(自分で言ってるんだけど)葉月がだよ?
そういう対象に見てもらえたってだけでなんか嬉しー!
講義を聞きながら「そんなことがあったら絶対日記に書いちゃうよ」って
思ってた。(笑)

しかもその例題、まだ続きがあって、
その場では逃げるように帰ってきたが、
その後その担当者からは「もう取引をやめるぞ」とか「担当者を変えてもらうぞ」
っていうような脅迫まがいのメールが来るようになった。

っていうようなことになっている。

「ここまで来ると完全にセクハラですね」
と先生は熱く語っていた。
でもね、葉月は聞きながらちょっと興奮してしまったの。
だって、「俺の言うことを聞かなければ○○だぞ」的なシチュエーション、
結構好きなんだもの。
「契約が欲しければそこで服を脱げ」
はらはらと涙を流しながら言いなりになる葉月...。

ナイスよ!
ナイスでしょ?
しかもその担当者が結構テクニシャンだったりして
気持ちよくしてもらえちゃったりして〜〜〜♪

そんなことを考えながら退屈な研修を乗り切ったのだった〜。
あ〜あ、セクハラ研修なんて受けたって、
葉月にセクハラしてくれる人なんていないもん。
お尻触られたりさ、たまにはそういうドキッとすることでも
されてみたい今日この頃。
う〜ん、書いててなんだか情けなくなってきたよ。(苦笑)

 

3月19日(土)

三連休だねぇ。
今日の東京は天気もよく、行楽日和って感じ。
みなさんはいかがお過ごしでしょうか。

葉月は仕事は休みなんだけどいろいろ細かい用事があるので
完全に休みとも言えない感じ。
おまけに花粉症が昨日から特にひどくて
鼻づまりで頭が重いし、全身痒い感じ〜〜。
目もしょぼしょぼしちゃってる。
マイッタなぁ。

さて、出会いの春、別れの春、なんて言い方があるけれど
春は移動のシーズンでもある。
実は葉月の職場でも移動があり、3月から直属の上司が変わった。

まだ数日しか一緒に仕事してないんだけど、
葉月はこの新しい上司のことを嫌いじゃない、と今のところ思っている。
前の上司のように皮肉混じりにくどくど言ったり
口の中でもごもごしゃべったりするようなことがなく、
主張がストレートでわかりやすいし、嫌味がない。

何か失敗しちゃった時に、前の上司は
「どうしてそういうことになっちゃうのかなぁ〜。理由を説明して」
って言うような人だったけど
今度の上司は
「よしわかった。今度から気をつけて」
って言ってくれる感じ。

仕事の内容にもよるだろうけど、
上司というのは本人が仕事をできるかできないかはあまり関係なく、
部下にうまく仕事をさせること、やる気にさせることが
能力として求められていると葉月は思っている。
新しい上司は仕事をやる気にさせる人だ。

それで困っちゃっている。
葉月は今まで60%くらいの力でやっていた仕事を
ちょっと本気でやったるか〜?って気持ちになっているからだ。
葉月はそもそも猪突猛進タイプで、
一生懸命になると全力で立ち向かっちゃう方なのだ。
ここ数年は抑えながらやってたので家のこととも両立できたし
仕事サボってちょこちょこ遊ぶことなんかもできた。
時間も体力も限られているんだから、なにかのウエイトが重くなれば
自然に他のことが苦しくなってくる。

エロサイトなんてやってる場合じゃなくなるかも〜?なんて
ちょっと危機感を覚えている。
パートナー候補のみなさんともそろそろお目にかかりたいと思っているのに
今まで通り時間が自由にならないかも知れない。

せっかく好きな仕事をやっているのだから納得いくようにやりたいし、
素敵なパートナーさんとラブラブ時間もエンジョイしたい。
家のことももうちょっとちゃんとやりたいし、
昼寝の時間も欲しい。

うま〜く調節して楽しくて濃い人生を送りたいんだよね。
でも体壊しちゃなんにもならないしね。

それにしても、「人をやる気にさせる人」ってのはいいね。
自分が元気な人はいるけど、人を元気にさせるって難しい。
今度の上司には葉月は少なからず影響を受けてるよ。

 

3月17日(木)

パートナー候補の方とのメールの交換は静かにのんびり進んでいて
葉月は穏やかな気持ちでそのやりとりを楽しませてもらっている。
心配してくださっているみなさんにはその経過をご報告したいとは思うんだけど
ちょっとそれは道義上できないでいる。
お話できるようになったらちゃんとしますからね。

さて先日、久しぶりに東京のテクニシャンさんからメールをもらった。
野良になったことも報告していなかったので
野良葉月を見て心配して(?)メールをくれたみたいだった。

メールの中でテクニシャンさんは葉月についてこう書いていた。

> よくいる女性のキャラじゃないので、相手の男性は大変です。

もちろん、文脈から葉月のことを悪く言っているんじゃないってことはわかったけど
「葉月って『大変な女』だったのかぁ〜!」って
ちょっとばかりショックを受けた。

そう言えばリュウさんもよく、

> 葉月は天真爛漫だからな。(とほほ)

というようなことを言っていた。
最後の(とほほ)がミソである。(笑)
うーむ、葉月って「大変」で「とほほ」な女なのかぁ。

そんなことを思っていたところへ愛人さんからメールが届いた。
その中にはこんな一文があった。

> 無味乾燥して表情の無い女より、絶対におもしろいです。
> いぇ、ほめてるんですけど…(^_^;)

いえ、ほめてるんですけど〜〜?
これって「とほほ」ってニュアンスだよねぇ?
もしかして....もしかしてこの三人って、同じこと言ってる???

とても気になった葉月は思いきって愛人さんに問い合わせをしてみた。
上に書いたようなことを書いて「これって同じこと言われてますかね?」って。

愛人さんの回答は

> テクニシャンさんの"大変です"には愛情がこもっているんだと思いますが、
> たぶん3人とも同じ事を言ってます。(笑)
> いつも大変ですから。(笑)

うっげ〜〜〜、やっぱりそうだったのかぁ〜〜〜!
葉月ってやっぱり「大変」で「とほほ」な女だったのかぁ〜〜〜!(自覚)

でもね、何故か全然悪口に聞こえない。
だって、大変なのに付き合ってもらっているということは
その「大変」を上回る「何か」があるってことでしょ〜〜?
大変じゃないのに付き合ってるよりもなんだか「濃い」じゃない。

あー、アタシって前向き♪
ノーテンキとも言うかも。(わはは)

パートナー候補のみなさん、葉月って「大変」なんだって。
その大変を乗り切って愛してくれる人を探してます。
どうぞよろしくお願いします。(笑)

だけど、どういうところが「大変」なんだろうなぁ。
自分ではこんな素直で純情な女はいないと思ってるんだけどなぁ。
って、こういう調子に乗るところか!
わはは。

 

3月15日(火)

愛人さんに叱られた。
「叱られた」というか、葉月の悪いところを注意された。
それは、挨拶なしのメールを出してしまったこと。

普段葉月はメールをする時は、仕事上のメールは別の形になるけど、
それ以外の場合はどんな人にでも
「こんばんは、葉月です」とか
「○○さん、こんにちは。葉月です」とか
「はじめまして。葉月と申します」とか
何某かの挨拶言葉を書いている。
業務連絡のような一言だけのメールを除いては
ほぼすべてがそういう出だしになっているはずだ。
習慣になっているし、
逆にそういう出だしじゃないとどうやって書き出していいのかわからない。

なのに先日、愛人さんに挨拶なしのメールを出してしまった。
どういう書き出しだったのかというと、
「葉月です。」
そしていきなり本題に入っている。

ラブラブメールならそれも許されるのかも知れないけど
その時のメールは文句たらたらのご意見メールだったんだ。(愚痴とも言う)
つまり、人の家の玄関をガチャッと開けて、
「葉月だ!あのなぁ〜、お前んとこの....」みたいな、
とても無礼なメールだったということだ。

葉月は常々このサイトで、もらったメールのマナーの悪さを指摘している。
今は削除しちゃってるけど、
「名前を書け!」というタイトルの天動説を書いたこともあった。
初めてメールする相手はもちろん、二回目以降だって
自分の名前を名乗るのは常識中の常識だ。
手紙でも電話でも、実際に会った時にでも、
自分の名前を書くなり言うなりするだろ〜〜?
メールだとどうしてそれができないんだよっ!って
怒りモードで散々書いていた。

挨拶にしても同じことだ。
朝会えば「おはよう」、昼なら「こんにちは」、夜なら「こんばんは」、
それは仕事だろうがご近所さんだろうが、親しい友達だろうが
相手にかかわらず、そういうものだ。

散々サイトでメールのマナーの悪さを指摘していたくせに
自分がそんな挨拶なしのメールを書いていたとは、
自分で気付いていなかった。

> ...相手を判断する指標が、ちゃんと挨拶が出来る人かどうかですよね。
> それを、ご自分から崩して欲しくないんです。

あいたたたたた!
うっひゃ〜〜、痛いとこ突かれたよ。
まったくその通りだよ〜〜〜。

ご意見メールだろうが愚痴メールだろうが、
出してる相手は大切な愛人さん。
メールの内容がどんなものでも初めに挨拶をするというのは
常識以前の問題だ。

いくら頭に血が上っていても、礼儀は礼儀。
愛人さんはそれを教えてくれた。

「人に会ったら挨拶をしましょう」って、おい、
これって幼稚園レベルの躾だよ。(とほほ)
いい歳してこんなこともわかってなかったなんてね。
情けない限りである。

そう言えばリュウさんも、メールには署名をつけるようにとか
メールの作法には厳しいところがあったな。
でもリュウさんのはどっちかって言うとビジネスマナー的だったのに対し
愛人さんが言ってるのはハートの部分だったりするので
ちょっと違うんだけどね。

こんな低レベルなことを丁寧に指導して頂けるなんて、
葉月は本当に幸せ者だ。
そもそも、感情的なご意見メールを書くこと自体がいけないよねぇ。(反省)

本当はもっとたくさん指導されたことあるんだけど
もう、低レベル過ぎることもあってここには書けない。
注意されたことじゃなくて、自分が情けなくてちょっと凹んでいる。

でも、そんな幼稚園レベルのことでも
呆れないで愛情を持って指摘してくれる愛人さんには感謝感謝、である。
メールで気持ちを伝えること、メールに心を込めることの基本中の基本を
教えてもらったような気がしたよ。

 

3月14日(月)

先のことは誰にもわからないよね。
わからないから夢が持てるし希望も持てる。
こっちの道なら安全で、あっちの道は危ないかもよ?なんて
いろいろ情報は仕入れられても、
自分にとってどっちがいい結果になるかなんて、行ってみなくちゃわからない。

どっちの道に進むかは自分が決めることだけど
どう進むにしてもその時その時を「一生懸命」でいたいと思うんだよね。
用心深くとか、慎重にとか、そういうことも大事だってわかってるけど
中腰になって周りばかり気にしながら恐る恐る進むよりもね、
歌でも歌いながら楽しくね、遠慮しないで堂々と歩きたい。

どうせ先のことはわからないんだもん。
だったら行き止まりになるまで精一杯楽しくやりたいじゃんね。

 

3月13日(日)

11日の日記を見て、パンの物語のことを知らせてくれた方がいる。
金曜日の夜遅くアップしたのに、土曜日の朝にメールをくれてた。
のんさん、ありがとう。

こういうことがあるとネットの威力というものを実感させられるし
同時に人との関わりのありがたさみたいなものも凄く感じる。
相手の顔が見えないこういうネットの世界だけどさ、
気持ちや思いってちゃんと伝わってると思うし
そういうものを大切にしていきたいなぁ、なんて思った昨日のメールだった。

葉月の記憶に残っていた物語はルーマニアのF・ムンテヤーヌという人が書いた
「一切れのパン」という作品だった。
「一片の」という葉月の記憶がどこからきたのかわからないけど
原題は「apiece of bread」ということなので間違ってはいなかった。(笑)

のんさんから教えてもらったサイトには、
「一切れのパン」が掲載されていて
葉月は懐かしさと新鮮な感動の中で「一切れのパン」を読んだ。

国語の教科書にこのまま載っていたかどうかはよくわからないんだけど
感動はそのままだった。
やっぱり凄かった。
葉月がマラソン大会の時に思い出すようなレベルの話じゃなかった。(笑)

詳しい感想は、これから読む人のためにここに書くのはやめておく。
みなさんそれぞれが、なにかを感じてくれればいいなって思っている。

そのサイトのオーナーさんに許可をもらって
URLをここに紹介させてもらえることになった。
オーナーさんに敬意を表してTOPページを紹介します。
「一切れのパン」のところから入って読ませてもらってください。

apiece of bread

後から読む方のためにあらすじや内容に関することを
BBSに書くのはご遠慮ください。

パンは誰の心にもある。
そしていろんなパンがある。
心の強い人はパンをしっかり持っている人なんだろうなぁ。
葉月もそんな人間になりたいと思ったよ。

のんさん、本当にありがとう。

3月11日(金)

2週間に1度、花粉症の注射を打っていて
しかもアレルギーの飲み薬まで飲んでいるというのに
2〜3日前から鼻水じゅるじゅる状態になっている。
花粉の威力が注射と薬のパワーを上回っているということか〜?
さすが、前評判(?)通り、今年の花粉パワーの威力は凄いらしい。
葉月の職場では今年ついに花粉症デビューしたのが今日現在で2人いる。

鼻水だけじゃなくてね、なんだか全身が痒くなったり
頭がぼーっとしたり、いろんな症状が出てて、まー辛いわね。
毎年のことだけど、この季節はホント、辛いです。
花粉症同志のみなさん、頑張ってなんとか乗り切りましょう!

さて、BBSに愛人さんが書いていた「パン」の話を書きましょう。
この話、葉月の遠い記憶に残っている話なんだけど、
詳しいことはよく憶えていない。
小学校か中学校の国語の教科書に載っていた話だっていうことは憶えてるんだけど
題名は確か「一片のパン」。
でもこれも間違ってるかも知れない。
ネットで検索してみたんだけど出てこないのよね。
どなたか、正しい題名とか作者の名前とか、知っている方がいたら
教えてください。

で、どういう話かというと、これまた記憶があやふやなんだけど
主人公の男の人が、何かの理由で歩いて街まで行かなくちゃならないっていう話だった。
理由は憶えてない。
とにかく交通手段は徒歩しかなく、
街までは何日もかかるような道のりだった(と思う)。

持っていた食料はパンだけ。
男はそのパンを少しずつ食べながら歩き続けるんだけど
パンは最後の一かけになってしまった。(たしかそんな感じだったような)

街まではまだ辿り着かない。
お腹が空いたけど、このパンを食べてしまったらもう何もなくなってしまう。
もう少し頑張ってから食べようと男は我慢して歩き続ける。
あの橋を渡るまで我慢しよう。
あそこに見える木のところまで我慢しよう。
そうやって男はパンを食べることを我慢しながら歩き続けた。

大丈夫、まだこのパンがあるから。
本当に力が出なくなっても最後にはパンを食べればいい。
自分にそう言い聞かせて男は力を振り絞って歩き続けていた。

そしてとうとう、男は街に辿り着いたのだった。
最後までパンを食べないまま。

「このパンがなかったら...途中でパンを食べてしまっていたら...
 きっとここまで辿り着けなかっただろう」
って男は思った。

っていうようなお話なんだけどね。
誰か、この話の詳しいことを憶えてる人、いないかなぁ。

葉月は、この話はとても印象に残っていて
いろいろな場面で思い出していた。
例えば、マラソン大会の時。
苦しくって、お腹痛くなってきて、
もう歩いちゃおうかなって思うんだけど、
「あの角まで頑張ったら歩こう」とか
「次の電信柱まで行ったら歩こう」とか
少し先の目標を決めて頑張るんだけど、
そこまで行くと「もうちょっと先まで行けるかも?」って思って
「それじゃ次の電信柱まで」
って、次の目標を決めてまた頑張る。
で、結局ゴールまで走ることができたりしてね。

パンとは全然関係ないんだけどね、
でもそういう時って必ずこの話を思い出していた。
無理矢理関連づけるとすれば、
マラソンの時に「歩いちゃう」「立ち止まっちゃう」ってことが
「最後の一かけのパンを食べる」ってことだったわけだ。

マラソンの途中で「立ち止まる」ということは
ある意味、気持ちの逃げ道だったりする。
「絶対に立ち止まっちゃいけない」っていう条件で10kmとか20kmとかを
走り続けようと思ったらスタートの時点で気が滅入る。
だけど最悪もうどうしようもない〜!って時には休んだっていいんだよねって思えば
それじゃ行けるところまで頑張ってみようかなって気持ちになる。

「一かけのパン」は、最後の砦。
そしてそれは、頑張るための気持ちの逃げ道。
力を出し切るためのおまじないのようなもの、という認識が
葉月の中ではあったんだ。

この話は、葉月の人生において、
何度も葉月を頑張らせてくれて、葉月を救ってくれる物語だった。
(それにしちゃ詳しいことを憶えてないんだけどね。わはは)

で、愛人さんとの間でどうしてこの話が出たかと言うと...。
葉月と愛人さんとの間では、「年に何回会う」とか「何ヶ月に1回は会う」とか
そういう約束をしていない。
遠距離だからそもそも頻繁には会えないんだけど、
「会いたいという気持ちがあれば自然に会える」ということが基本で、
先々の約束は何もしないことになっている。

約束をすればその約束に縛られる。
極端な話、約束を守るために会いたくもないのに会う、というようなことも
あるかも知れない。
先のことなんてわからないので約束なんてしなくてもいい。
葉月もそう思っている。

だけど、約束がなく、「お互いの気持ち」などという
まったく頼りにならないものの上に成り立っている関係は
とても不安定で、時に不安な気持ちになることもある。
いや、実際には今のところそんなに不安とも感じていないし
安定していなくて終わってしまえばそれまでのことだって思えるんだけど
それでもなんとなく気持ちがスカスカする。
このスカスカをうまく言葉で表現できないんだけどね。

だから葉月は愛人さんにお願いをしたんだ。
「会えなくて淋しいとか、もっと会いたいとか、その手のことは言わないけれど、
 もし今後、葉月がどうしてもピンチで、『もうダメだぁ〜!』と思った時には
 会ってください」って。

要するに、「一かけのパン」をくださいってことだ。
大丈夫、どうしてもピンチの時にはこのパンがあるって、
持ってるだけで安心する『お守り』みたいなものだ。
もちろん、そのパンを食べてしまうようじゃもうおしまいだから
最後まで食べる気なんてない。
でもそのパンを持ってるのと持ってないのとじゃ気持ちのスカスカ感が違う。
パンをもらえたってことだけでとっても安心できると思ったから。

そうそう、そうなのよね。
パンがあるかないかじゃなくて、
そのパンを「もらえた」ってことが嬉しいじゃないのよ。
それは「約束」じゃなくて「気持ち」だからね。

結局、愛人さんからパンはもらえなかったんだけどね。
わはは、それじゃ話が美しくまとまらないじゃん。
いえ、愛人さんとのやりとりには続きがあるんだけど
それは公開未承諾なのでここには書けないからね。
愛人さんを悪く言ってるんじゃない。
もともと食べるつもりじゃなかったパンなので
なくてもいいって今は思っている。(ちょっと強がり)

ま、それは余談で、
この「一片のパン(←題名不確定)」のお話は
今後も要所要所で葉月を励ましてくれることになるんじゃないかなって思っている。

あんまりBBSの解説になってないかな。

 

3月6日(日)

昨日、家族でファミレスで食事したんだけど、メニューを見て葉月は
「ドミグラスハンバーグのオーブン焼き」をオーダーした。
そのメニューは、その店のメニューの表紙にも使われていて
しかも1ページ目の一番初めのメニューとして大きく紹介されている。
その扱いを見ても「当店のイチオシ」をいう位置づけであることに間違いない。

そのメニューを選んだのはその「イチオシ」の自信を信用してみたかったのと
写真を見ると半熟たまごが添えられていたからだ。
前にも書いたけど葉月はたまご好き。
メニューの説明文を見ると
「ジューシーなハンバーグをコクのあるドミソースと
  半熟たまごと一緒にお召し上がりください」
というようなそそられることが書いてある。
写真に写っている半熟たまごは半透明で、
ちょっと外膜をつついたら、とろっと黄身が流れ出してくるような、
そんな魅力的なたまごだった。

しばらく待って運ばれてきたハンバーグを見ると
なんだかさっきのメニューの写真と様子が違う。
まず、なんとなく全体的に黒っぽい。(焦げてるとも言う)
それに、たまごが異常に白い...。
オーブン焼きだから、お皿のままハンバーグとたまごを入れて焼いてあるものなんだけど
これってどう見ても焼きすぎ。
葉月はかなりなショックを受けた。

そこから、このハンバーグについて、葉月家の討論会が始まった。(笑)
葉月は、このたまごの状態に納得できないからお店にクレームをつけると言い出した。
だって葉月はドミグラスソースと半熟たまごの黄身を
とろっと絡めながら食べたかったんだ。
だからこのメニューを選んだのに、
実際にはたまごは固焼き状態。
黄身は完全に固まっていて、白身もお皿にこびりついてる。
「納得できないな」
って葉月は夫に愚痴を漏らした。

夫はいつも冷静で、感情的な葉月の意見を公平に判断してくれる。
「メニューには『黄身を絡めながらお召し上がりください』って書いてあった?」
と葉月に確認した。

え〜っと、「絡めながら」って書いてあったっけ?
どうしても確かめたかったのでメニューをもう一回もらって見てみた。
そしたら問題の部分は「半熟たまごと『一緒に』お召し上がりください」
って書いてあった。
「でもこれは半熟たまごじゃないよ!」
葉月は夫に不満を言った。
(夫に言ってどうするって?わはは)

冷静な夫は、「まぁ、これは言ってもいいかも知れないな」って言ってくれた。
それほど写真のメニューと運ばれてきたものにギャップがあったのだ。
葉月は自分の主張が認められて凄く嬉しかった。

そういう話をしながらも、実は食事は進行していた。
要するに、この問題のハンバーグを食べながらこの話をしていたってことだ。
「言ってやる言ってやる!」などと大騒ぎしている時に
その話を聞いていた上の子が口を開いた。
「で、それおいしいの?」

「え?えーと、まぁまぁおいしいけど〜」
なんだかんだ言いながら、食は進んでいる。
「おいしいんだったらいいじゃん。わざわざ文句言わなくても」
「ぐ...」

さすが我が息子。
冷静な判断は夫譲り。
優しいところは葉月譲り。(違う?)

でも、それからも「これは店のイチオシメニューなんだから」とか
「写真を一番大きく載せて、視覚に訴えてるくせにこのたまごはなんだ!」とか
「こういうのを平気でお客に出してたら店のためにならない」とか
いろいろ話は盛り上がり、
最後に夫はこう言った。
「そうだな、クレームってことじゃなくてお店の人に一言言ってあげてもいいかもな」

夫がそういう結論を出してくれたので葉月は嬉しかったけど
そこで「あっ!」とあることに気付いて
「やっぱりいいや。言うのやめとく」
と、急に主張を取り下げた。

「なんで?」
「だって....もう全部食べちゃったもん」

ハンバーグ本体はもちろん、お皿にこびりついた白身やマッシュポテトまで
きれいに食べ終わっていた。
「こんなにきれいに食べちゃってから文句言ったらただのクレーム家族だよ」
「....そうだな」

散々大騒ぎした挙げ句、何もなかったように会計を済ませてお店を出る葉月家。
自分をサザエさんのようだと思った。(笑)

 

3月4日(金)

「頑張る」と「楽しむ」の違い。
ある人からそんな話をしてもらった。

例えば、プラモデル作りが好きな人がいて
時間も忘れてパーツを組み立てて休みもしないでどんどん作業を続けている人。
そういう時って、端から見てると「頑張ってる」って見えるかも知れないけど
やってる本人は楽しみながら夢中にやってるだけなので
自分が「頑張ってる」っていう自覚はない。

だけど、「明日までにこのプラモを完成させなさい」とか言われて
嫌いじゃないけど眠いからやりたくないな〜とか
細かい作業はあまり好きじゃないんだよな〜とか、そういう時、
頑張らなければ完成しない。

「頑張る」っていうのは多かれ少なかれ
「辛い」とか「気が進まない」って思いがあることに対して
「それでも頑張ってやる」っていう時に使う言葉なんだそうだ。
言われてみればその通りだ。

葉月は頑張ろうとしてた。
特に意識もせずにみんなからの励ましの言葉に対して
「ありがとう、頑張るよ〜♪」なんて答えていたけど
それじゃいけないんだなって思った。

今の野良状態にしても、パートナー探しにしても、サイトのことにしても、
頑張っちゃいけないんだよね。
頑張ると疲れるし、長く続かない。
なんでもそうだけど、楽しいことっていくらやってても疲れないし
楽しいことをやってると他のことでも元気が出てくるものだ。

ちょっとね、そのこと忘れてた。
無意識にだけど「頑張るぞ〜、頑張るぞ〜」って自分に言い聞かせてたような
気がする。

葉月の「目的」はなんだ?(自問)
「楽しむ」ことだよ。(自答)
ああ、そうだった、そうでしたって、
なんだか目からウロコが落ちた気がした。
ちょっと頑張っちゃってる葉月にいいアドバイスをもらったよ。

葉月の周りにはこうやって教えてくれたり助けてくれたりする人がたくさんいて
幸せだなぁ。
本当にありがたいと思う。
その人達にお返しはなにもできないけど
葉月が自分の人生を楽しんで、その楽しそうな様子を見てもらうことが
ご恩返しになるのかな〜なんて思ってる。

人に言われてやってることじゃない。
自分が楽しみたくてやってることなんだから
楽しくなかったらやめたっていいんだもんね。
変な義務感や使命感に凝り固まってたような気がするよ。

考え方をちょっと変えたらすべてのことが楽しく思えてきた。
今はとってもワクワクしてる。
単純と言えば単純だけど。(笑)

 

3月2日(水)

今日は別のことを書こうと思ってたんだけど
BBSに愛人さんが熱いメッセージをくれてたのでそれに関連したことをちょっと。

少し前に愛人さんとケンカしたことは書いたけど
そのメールのやりとりの中で愛人さんは
「そんな葉月に逢いたくない」
っていうようなことを言った。

それは愛人さんにそう言わせるだけの原因が葉月の側にあったからで
元々悪いのは葉月だったんだ。
だけど葉月はその言葉にショックを受けて
益々逢いたくなくなられるようなことばかり返していた。
どんどん自分が嫌な女になっていく。
そのことを指摘されるとさらに逆上して
もう思い出すだけでも気分が悪くなるような最低女へと変貌していく。
その変貌には自覚があったのね。
自覚があるんだけど自分のその変化を止められない。

仲直りの後、葉月はまた別の変貌を自覚していた。
「愛されてる」って感じると、自分がどんどん優しい気持ちになってくる。
気持ちに余裕が出てくるし、人に優しくなれる自分がいる。

リュウさんの時もそうだった。
楽しく遊んでもらっている時には凄く幸せな気分になれて
その幸せをみんなにもお裾分けしたいような気分になる。
逆にかまってもらえないとどんどん卑屈になっていく。
卑屈になると愚痴や文句が多くなってくる。
リュウさんはそれに対してあまり感情をあらわにはしなかったけど
いい気分だったはずもなく、
そういう時の葉月に対しては愛情は薄れていただろうと思う。
それは当たり前のことだ。

誰でもそうだと思うけど、
愛されていると思えば優しくなれて、笑顔でいられて
それがまた愛される理由になる。

だけど、「逢いたくない」とか「その気にならない」とか
拒絶されるようなことを言われたり感じ取ったりすると
それに反応してさらに嫌な女になっていく。
益々愛されないってことだ。

親の愛し方が下手だと子供が学校で問題起こしたりするのと同じなのかな。
愛情が周囲に溢れていれば子供も自然に優しく思い遣りのある子になるんだろう。

だからね、葉月は考えたんだ。
こっちが先に「愛される人間」でいれば、みんなからもっと愛してもらえる。
優しい気持ちを持っていれば周りの人も優しくしてくれる。

「逢いたくない」って言われることは結局は自分の責任だ。
誰だって、怒ったり卑屈になったりしている人に会いたくないもの。
元気で明るくしていれば普通に愛してもらえるのに
その幸せを自分から放棄していることになる。

愛してもらうことが先か、愛される人間でいることが先かっていう
ニワトリとタマゴの話みたいになっちゃうけど
少なくとも葉月はね、愛されることを自分から放棄することだけは
したくないと思ったんだ。
放棄すれば自分がどんどん嫌な女になっていくことが今回のことでよくわかったから。

「愛される」っていうと男と女のことだけみたいに聞こえちゃうけど
言い替えればそれは「心配してもらえる」だったり
「みんなが集まってきてくれる」だったり
「嬉しいことを一緒に喜んでくれる」だったり
そういうことだ。

「裏葉月の葉月」は、自分で言うのもおこがましいけど
そういう女だった。(と思う)
でも「野良葉月の葉月」はそんな大切なことも忘れちゃうほど
卑屈で情けない女なんだ。

愛は増幅する。
このテーマを再び実践で証明したい。
愛されない「心のブス女」はもう今回で抹殺すると決めたんだ。

愛人さんの「愛してるよ、葉月」は不思議なおまじない。
荒んだ葉月の心を正常に戻してくれるんだ。
そして葉月本来の強さを思い出させてくれる。
だから自信を持ってパートナー募集ができる。
それだけでも愛人としての役割は充分果たしてくれてると思ってる。

 

3月1日(火)

もう3月だって。
早いねぇ。
って、毎月月末や月初には同じこと書いてるような気がするけど。

野良葉月を公開したのが2月22日の夜だから
今日まででちょうど一週間。
パートナー候補募集にたくさんのメールを頂いてしまって、
これ以上頂いても対応しきれないと思ったので
とにかく一旦、募集を中止しました。

完全に条件に合ってない人を何人か除いても、20人弱。
変な冷やかしメールやいたずらメールは一通もありませんでした。
それに、応募してくださった方はみなさんそれぞれ
真面目にご自分の思いを書いてくださっていて本当に嬉しく思っています。

さて、この約20通の熱いメールを目の前にして
「どうしよう?」と思っています。
どの方とお付き合いしても、可愛がってもらえるような気がします。
そう思うけど、一通のメールだけじゃ何もわからないっていうのも事実です。

とりあえず、10人くらいの方に絞らせてもらって
メールでお話させてもらおうかなって思ってたんだけど
半分に絞るっていうのがなかなかできないんです。
だってみなさん、本当に真剣に考えてメールくださってるわけだし
お話してみて「どうもフィーリングが合いませんね」っていうなら仕方ないけど
話もしないうちからお断りするなんて、理由がないからです。

メールをくださった方の嗜好やスタンスも様々なんです。
「奴隷として厳しく育てます」って言ってくれてる人もいるし
「恋人として大切にします」って言ってくれてる人もいます。
「愛人として割り切った関係を楽しみましょう」って言ってる人もいます。

好きなプレイ内容を書いて来てる人もいるし
「経験はあまりありませんが探究心はあります」って正直に言ってくれる人もいます。
「以前から裏葉月を読んでました」って言う人もいるし
「今日初めて偶然みつけました」って言ってる人もいる。

でね、「葉月は一体、どういう人を望んでいるんだろう」ってことが
わからなくなって来ちゃったんです。

例えば葉月は常日頃から「痛いの熱いの大嫌い」って言ってるじゃないですか。
だから、こういう場合
「ローソクプレイが好きです」って言ってる人は普通は却下!ですよね。
だけど、もしかしたらこの人だったら気持ちよくしてくれるかも知れないし
好きになっちゃったらその人のやりたいことは何でも受け入れたいと
思うと思うんですよね。
プレイ内容で相手を選ぶのはせっかく白紙に戻した自分の可能性を
自分から狭めているような気がする。
だから、葉月の苦手なローソクプレイが好きだと言ってるからと言って
お断りする気にはなれないんです。
(もちろん、ローソクっていうのはひとつの例ですよ)

主従関係なのか、恋人関係なのか、愛人関係なのかってことも
ちょっとわからなくなってきています。
絶対的な支配力みたいなものに身を任せてみたいような気もするし
オトナの恋を楽しみたいとも思う。
淋しい時に愚痴メール出せる相手が欲しいけど
会った時だけ淫らになれればそれもいいとも思ってしまう。

淋しい思いはもうしたくないとは思うけど
「月に一回」って条件を出して応募してくれてる人ばかりなんだから
会う回数で今までみたいな淋しい思いをすることはないと思ってます。

要するに、葉月にとっては可愛がってもらえて好きになれる相手なら
主従だろうが恋人だろうが、形はなんでもいいんです。
それと、気持ちよくしてくれる人。
これはどんなにメールを重ねてもやってみなくちゃわからない。(笑)

こう考えると一通のメールだけで「書類選考」するのはとても難しいです。
だけど、20人もの人と同時に丁寧なメールのやりとりをするのは
葉月の時間的にも体力的にも不可能。
適当にやっていたらそれこそ相手の方に失礼です。

だからまだ、誰にもお返事出せないでいます。
どこかで判断をしなくちゃいけません。
せっかくメールを頂いたのにこの時点でお断りしなければならない方には
本当に申し訳ないんだけど
半分の方にはごめんなさいメールをお送りしなくちゃなりません。

でもどの方も「いい人」に思えちゃうんですよね〜。
こんな葉月に声かけてくださってるんですもんね。
有り難いことでございます。

できることならみなさんの共有愛玩奴隷になって
みなさんに可愛がってもらいたい、などと
ちょっと妄想したりもしてしまっている状態です。

いずれにしろ、全員の方に必ずメールをしますので
もうしばらくお時間ください。

 

 

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