福耳の悪魔 11

 

 

 

海鮮丼だけはどうしても食べて帰りたいという葉月の希望で、
二条市場というところに連れて行ってもらえることになった。

途中、履いてた靴がやっぱりどうしても痛かったので、
狸小路というところの靴屋さんでサンダルを買った。
店員さんがアレコレ出してきてくれて葉月がいろいろ選んで時間がかかっちゃってるというのに、
一発さんはイライラした様子もなく、静かに葉月を待っててくれる。

 

「ごめんね。お待たせしました」

「いいえ。いいですよ♪」

 

こういう時の一発さんは全然意地悪じゃない。
凄く優しくて「いい人」だ。

昨日の、今朝までのあの悪魔のような一発さんはどこに行っちゃったんだろう?
またしても葉月は夢を見ていたんじゃないかっていう錯覚に襲われる。

 

海鮮丼を食べてる時も、市場でお土産のアスパラを買ってる時も、
本当に穏やかな「いい人」だ。

 

おっかしいなぁ?いい人じゃん。
この不思議なギャップは何だろう?

 

と思ってると、時々葉月の腕や手の平なんかにギューって爪を立ててくる。
そうされると葉月は全身がヘロッてなる。

 

「一発さん、それマジでヤバイですからやめて」

「やめていいんですか?」

「えーっと…、やめないで。もう1回やって」

 

もう自分が何を言ってるのかよくわからない。


一発さんの声

お土産の六花亭のお菓子を山ほど買った。
あまりにも次々に買い込むもんだから一発さんに呆れられる。
(だって札幌に行ってくるってみんなに言いふらしてきちゃったんだもん。)

それから、葉月が三日後に一発さんも知ってるネット上のお友達と飲みに行くことになっていたので、
「みなさんに」ってことで一発さんが白い恋人を買って葉月に持たせてくれた。

 

時間がまだ少しあったのでテレビ塔に連れて行ってもらった。

これが噂の「テレビ父さん」という、北海道では有名なキャラクターらしい。

 

葉月は全然知らなかったんだけど、「有名なら」ってことで一応記念撮影。

 

その後、テレビ塔の下でビールを飲んでソフトクリームも食べた。

 

 

この頃になったら、もう本当にお別れまで秒読み状態。
一発さんとお話してても楽しいだけではいられない。

 

だけど、せっかく飛行機の時間まで付き合ってくれてる一発さんに、
メソメソしたところを見せちゃいけないって思って、
葉月は必死に楽しい顔をしてた。


一発さんの声

札幌駅から電車に乗らなくちゃいけない時間の30分くらい前、
葉月と一発さんは最初に缶ビールを飲んだ、あの駅前の場所にいた。

 

「昨日ここでビール飲んでから、まだ24時間経ってないんですよね…」

「そうですよね。昨日の4時頃でしたもんね」

「一発さん、葉月とっても楽しかったです」

「僕もですよ」

って言いながら、一発さんは葉月の手の甲に爪を立てた。

 

「あうぅ…。ねぇ一発さん。
葉月をこんなに爪だけで感じちゃう体にしちゃってさ、
葉月は東京帰って辛い思いをすると思うんですよね。
その爪が恋しくて悶々としちゃったりとかさ。
今度いつ会えるかわからないし、もう会えないかもしれないんですから。

例えば蔵人さんだったらね、そういう辛い思いをさせないように、
こんなにヒドイことしないと思うんですよね。
会えない間辛くないようにって。」

「そうなんですか?
僕はできるだけ葉月さんが僕のことを忘れないように、
できるだけ強烈に印象づけたいと思ってますけど?(笑)」

「悪魔ですね」

こりゃーこの後辛くなるだろうなって、この時からかなり確実な予感がしてた。

 

ちょっと余談なんだけど、
東京に帰ってから蔵人さんに報告の電話をした時に、
この時の一発さんとの会話を蔵人さんに話した。

 

「蔵人さんなら会えない間に辛くなるようなことを絶対にしないのにって言ったら、
一発さんはできるだけ忘れさせないようにしてるんだってヒドイこと言うんですよー!」

「うーん、どうかな。
僕も、もう会えないって思ったら、一発さんと同じようにすると思いますけどね」

「えええっ?そうなの???」

「今は葉月さんと月一でも定期的に一応会えてますからね。
その間、あまり辛い思いはさせたくないと思うけど、
これでもう会えないって思ったら、一発さんと同じことを考えますよ」

「そうなんだー!!!」

 

まったく、男の人ってのは勝手なもんだ。
自分を忘れさせないために女に辛い思いをさせてもいいって思ってるんだから。
それって男のエゴだ、エゴ!


一発さんの声

話は一発さんとの会話に戻って…。

 

「でも一発さん。
葉月はこうやってヘロヘロにされちゃったけど、それって一発さんが運がよかっただけだと思う。
一発さんがしてくれたことは、葉月が普段たまたま蔵人さんからされてないことで、
たまたま葉月が潜在的にされたいって思ってることだったから、
葉月はあんなにハマっちゃったんだと思うんですよ。
偶然です、偶然!

「ふふふ。まぁ、いくつかのパターンを用意してたんですけど、
葉月さんの場合はまぁこれかな?と思ってしてみたら、 やっぱりそうだったって感じですね」

へ?
それじゃ一発さんは葉月と会う前から葉月がこういう風にされたいってわかってたってことですか?」

「大体ね」

「うぐぐぐぐ…。」

 

ハッタリじゃないと思った。

だって一発さんが掲示板とかに書いてくれることって、全部葉月のツボだったんだもん。
それに、こうやって葉月がすっかりハマってしまったことが何よりも説得力がある。
葉月、完全に読まれてたんだ。(とほほ)

 

「でもね、でもね、一発さん!」

どうしても認めたくないのでいろいろ反論する葉月。

「なんですか?」

「葉月はね、札幌には本当にビール飲むだけのつもりで来たんですよ。本当ですよ?
だから、一発さんが何かしようと思っても、
『そういうつもりじゃないですから!』って拒否る可能性だって充分あったわけですよ。
流れで結果的に昨日みたいなことになっちゃったけど、
ならない可能性だってあったんです!」

「そうですね。それはそうだったかもしれませんね」

 

「一発さんはいつから、葉月をこういう風にヘロヘロにしようって思ってたんですか?」

「昨日キスした時」

「キス?」

「居酒屋のエレベーターのところでしたでしょ?」

「あぁ、あれね」

「あの時葉月さん、嫌がらなかったでしょ?」

 

「へ?」

 

「本当にその気がなければ避けるでしょ?それをしなかったから」

 

「えっえーーーーーっ???
あの時、そんな大事なことが決まっちゃったってことですかーーー???」

「あの時の反応次第では、次はなかったかもしれないです(笑)」


一発さんの声

ひええーーーーーーっ!!!

そうなのか、そういうことだったのか!

葉月は「しょーがないなぁ」ってくらいに思ってたけど、
あの時の悪戯っぽいキスで、一発さんは「これならイケる」と確信しちゃったのか。

 

あの時からすべては始まっていたんだ!
一発さん、恐るべし!

 

たった一晩で葉月が一発さんのことを忘れられないようになってしまったこと、
一発さんの計画通りだったんだ、

偶然や運じゃない。
一発さんは、東京から一発さんに会うためだけにやってきた葉月に、
一晩かけて最高の接待をしてくれたんだ。

 

 

「だけどさ、一発さん。
一発さんとエッチできなかったのだけが心残りだなぁ」

「あははは。口でしてもらって『寝てもいい?』って最低ですよね。
本当は今朝しようと思ったんだけど、葉月さんいびきかいて寝てるし」

「起きてからしてもらえばよかった」

「んなこと言ったってあなた、
時間ギリギリまで『もっともっと』て、潮まで吹いてたくせに何言ってんですか。
そんな時間なかったでしょーが。」

「あははは、そうでした。そうだったね」

 

「やり残しがあった方がいいんですよ。
その方がまた会う楽しみができるじゃないですか」

「…また来てもいいの?」

「もちろんですよ。
まぁ毎年とかってわけにはいかないでしょうけど、僕はいつもここにいますから」

 

一発さんは葉月の手の甲に指をあてて、今までで一番強く爪を立てた。

 

「うー…、痛いですよ、一発さん」

「痕ができるだけ残るように」

「東京に着くまで残ってるかな、この痕」

「どうでしょうねぇ(笑)」

 

葉月の手の甲には小さな三日月のような一発さんの爪の痕がくっきりとついていた。

一発さんが爪を離しても、
その部分にはしばらく痛みのような熱のような、ジーンとした感じが残ってた。

一発さんに何かを注入されたような気がした。

 

「東京まで残ってるといいな」って葉月は思った。

葉月はこの爪痕と一緒に帰る。


一発さんの声

 

 

 

 

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