お泊まり7

 

 

ホテルから駅はすぐ。
葉月は地下鉄で帰るので、蔵人さんが乗る電車の改札までお見送りすることにした。

50mくらいかな。
もっと短かったかも。
葉月は蔵人さんと一緒に改札の方に歩いていたんだけど、
改札まで本当にもうすぐ、3mくらい先の角を曲がったら改札っていうところで
葉月は急に足を止めた。
悲しくなって泣きそうになってきたからだ。

 

「蔵人さん、それじゃここで」

って一歩先を歩いてる蔵人さんに声をかけた。

我ながらものすごく不自然な行動だったと思うけど、
改札でメソメソ泣くことだけは絶対にしちゃいけないって思った。

蔵人さんも葉月の顔見てわかったのかな。
いつものデートの時も、以前は電車のホームまでお見送りしてたけど、
泣きそうになるから最近ではホームに上がる階段の下でお別れするようにしてることなんかもあって、
たぶん蔵人さんには葉月の気持ちはわかっちゃってるはずだった。

 

だから葉月の不自然な言い出しの理由を何も聞かないで

「そうですか。それじゃ」

って言ってくれた。

 

「ありがとうございました」

って、笑顔で言うところまでが葉月の限界だった。

 

お別れした場所からほんの数歩で曲がって改札だから、
蔵人さんの姿はすぐに見えなくなった。

…と思ったら、
駅の改札の壁がガラスになっているのでガラスの向こうに改札を通る蔵人さんの姿が見えた。

 

わーい、なんだかお得な気分♪

と思ってたら、蔵人さんも葉月に気付いて手を振ってくれた。
葉月も手を振り返して、心の中で「いってらっしゃい」って呟いた。

 

蔵人さんがエスカレーターでホームの方に上がっていくのが見えたので、
葉月も方向を変えて地下鉄の方に向かおうとした。

でも…、ちょっと横を見上げると、高架になってるホームが見える。
ここでずっと見てたら蔵人さんが見えるかも。

ホーム全体が見えるわけじゃないので、蔵人さんがこっち側に歩いてくれば見えるけど、
反対側に行っちゃったらここからは見えない。

ちょっとだけ期待しながらその場を動かないでホームを見上げてたら、
蔵人さんがこっち側に歩いてきた。

 

わ、ラッキー!
蔵人さんだ。
葉月がまだこんなところで見てるとは思ってないだろうから、気付かないだろうな。

 

って思ってたんだけど、
意外なことに蔵人さんはすぐに葉月に気付いて手を振ってくれた。

え?なんで?
なんで葉月のことがわかったんだろ?

あー、でも考えてみれば葉月のいるところは駅前広場の真ん中だもんなぁ。
広場の真ん中にこんな大きなバッグ持ってずっと立ってる女がいたら
上から見たら目立つのかも。


蔵人さんの声

すっと手を振り続けるのも変なので、
それから電車が来るまでの1分か2分、葉月はずっと蔵人さんを見上げてた。
蔵人さんも、こっちを見てくれてるようだった。

 

なんか、アタシって未練がましい???
蔵人さんが見てるうちにさっさと地下鉄の駅に向かった方が蔵人さんも安心するんじゃないかな。
ちょっとそう思ったけど、足が動かなかった。

もうどうでもいいや。
どうせ数分後には絶対お別れなんだし、こうなったら最後まで未練がましくやってやる。
なんてことを独りでブツブツ考えてる時に、蔵人さんの乗る電車が到着した。

 

ホームに立っていた蔵人さんの姿が電車に遮られて見えなくなる。

あーあ、粘ったけどとうとうお別れかぁ…。

そう思ったら、蔵人さんが乗った電車のこっち側に来てくれて、
電車の中から手を振ってくれた!

うっわー、最後にもう1回ご挨拶できちゃった♪

 

でも蔵人さん、電車の中の他のお客さんからも葉月のことは見えてるはずなんだから、
そんなに大きく手を振ったりしたら蔵人さんが恥ずかしいじゃないですか!

でも、ありがとうございます。
大丈夫です、これで葉月は元気に帰れます。

 

ずっと目で追っていた蔵人さんの姿が遠ざかる電車の中で見えなくなってから、
葉月は方向転換して地下鉄の駅の方に向かって歩き出した。

 

お泊まりした朝のお別れは、普通のデートのお別れよりもずっと辛い。
過ごした時間が楽しければ楽しいほど、切ないし辛い。

だけど、その辛いのが嫌ならお泊まりなんてしなければいいんだ。
失恋が嫌だから恋愛しないっていうおバカな理屈とおんなじだ。

あんなに楽しかったんだもん。
お別れが切ないのも悲しいのもあたり前じゃん。

このくらいの切なさなんて、先にもらった楽しさのことを考えたら平気平気!
そう思わなくっちゃバチが当たる。

 

ホテルのお部屋を出る少し前に、蔵人さんが

「イベントだから楽しいんですよ」

って言っていた。

うん、そうだと思います。
楽しいイベントはもう終わり。
葉月も平常業務に戻らなくちゃ。

蔵人さんは葉月が毎日を元気で明るく過ごせるように葉月と遊んでくれている。
メソメソさせるためじゃない。

 

いつもより背筋を伸ばして、いつもよりちょっと顔を上げて、
葉月は大きなお道具バッグを転がしながらシャキッと地下鉄に向かうエスカレーターに乗った。

 

大丈夫。
ちゃんと戻るパワーももらってます、蔵人さん。
ちょっとだけ、素敵なイベントを終わらせちゃうのがもったいなかっただけですから。


蔵人さんの声

 

 

 

 

 

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